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2010年1月13日 (水)

日本なぞかけ史上最大の天才、なぞかけ界の

チャーリーパーカーこと、ねずっちがとうとう

テレビ界に殴りこみをかけてきたようだ。

先日の雨トークは、町工場芸人というくくりを

利用した、実質はねずっちデビューであった。

3時間スペシャルのほうの雨で、有吉が相変わらず

するどい批評家ぶりを見せていたが(ノンスタに

“いつまでオードリーがライバルだと思ってんだ”

と厳しい指摘など)、昨年は狩野と春日がすべり

倒していたとの有吉の論には、異論が。

昨年、一番たちの悪いすべり方をしていたのは

実は、アンガールズ山根である。

昨年のイロモネでの山根は、背筋が凍るほどすべり

まくっていたいた。アンガ、あれはやばい。

映画評:

海角7号線(ウェイ・ダーション監督):台湾史上

最大のヒットとなった作品。台湾のド田舎で、

地元の即席バンドが、日本のスターのライブの前座

を務めるべく、紆余曲折しながら練習してライブを

成功させるという、いわゆる“ダメバンド”もの。

そこに、60年前に台湾の恋人にあてた、日本の老人の

ラブレターがからんで、日本人通訳の女と台湾人

ギタリストの恋が描かれる。

まー、演出はひどいもので、前半は“やべー、見に来て

失敗だった“と思ってしまうが、だんだんと

感情移入させられ、最後は結構感動してしまう。

すべてが“いいかげん”なのだが、そこに秘密が。

60年前の老人の手紙は、日本の台湾支配の問題など

全く描かない、たんなる情緒的なラブレターだ。

これは完全に意図的に“戦争問題”という近代主義的

イデオロギーから“表現”を解放したいという意図の

表れ。

また、バンドも、各パートの役割分担(=専門化)

という、“近代主義“への抵抗の表現として、各自が

同等に好き勝手に歌いはじめたりする。(ゆえに

いいかげんなバンドに見える)。

つまりすべての“いいかげんさ”は、近代主義への

抵抗になっているのだ。

“国家”や“民族”、あるいは“専門主義”といった

近代主義から自由になるために、音楽を通して

“共時的共感”を利用するという構造。

結局、おバカのフリをした秀才の映画でした。

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